特別講演
特別講演への参加の仕方【聴講者】 特別講演への参加の仕方【聴講者】
特別講演1:再考(最高?):ロボット學
講師
浅田 稔 特任教授
RSJ2020実行委員長/大阪大学 先導的学際研究機構 共生知能システム研究センター
日時
10月9日(金),9:00~10:00
開催
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講演抄録
結論からいうとロボット學は,ありふれた言い方ではあるが,総合科学である.ポイントは三つある.一つは,ロボット學を構成する既存の多くの学問分野があり,
それらが複数存在するMulti-Disciplinaryから,部分的に重なりを見せるInterdisciplinary, そして,重なり部分が大半を締めて,既存分野が見えなくなるTransdisciplinary,
すなわち超域としての新たな学問分野を構成する点である.二つ目は,ロボット學は人間学と表裏一体の関係であり,人間に対する既存の分野がロボットでも対応し,
ロボット心理学,ロボット哲学,ロボット社会学などがある.これは,既存の分野が主に説明原理に基づく手法を駆使しているのに対し,ロボット學では,
設計原理に基づき新たな理解とより深い洞察,さらにそれに基づくデザインポリシーを構築する循環過程を内包することである.
そして,最後の三つ目は二つ目と関連するが,自己,意識,心と言った深遠なテーマに対して,ロボット學としてのアプローチを示すことが出来ることである.
これは単に機能的な意味合い(これとて,非常に困難な問題)だけでなく,むしろ,共生体験を通じ,さまざまな社会現象を引き起こし,
新たな価値創造のもとに相互作用する人間自身にも「人間とは何か?」の問に対するパラダイムシフトを起こす.それは,哲学・倫理学のあり方そのものにも変革を迫ること意味する.
その結果がユートピアかディストピアなどの単純な二元論ではなく,新たな価値基準のもとに,マルチスピーシーズ社会を構成する規範としてのロボット學が構築されると考えている.
特別講演2:「来歴」論 ~意識,身体,創発~
講師
下條 信輔 教授
カリフォルニア工科大学 生物・生物工学部(計算神経系)
日時
10月10日(土),9:00~10:30
開催
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講演抄録
この講演では「来歴」というコンセプトを軸に,ヒトvs.ロボットの知性比較論を試みる.
来歴 (personal history)とは,物理学の「ヒステレシス(履歴効果)」にヒントを得た筆者自身の造語だ1.その概念を理解するため,色残効の現象を例にとろう.たとえばスキーに行って青のサングラスをかけ,数分後に外すと雪が黄色あるいはオレンジ色に染まって見える.この見えが成立するためには,もちろん直前数秒?数分の(色)知覚経験が重要なわけだが,それにとどまらない.色覚異常でなく健常な三原色の色覚メカニズムが必要という遺伝的要因もあるし,発達初期(臨界期)の視覚経験も重要である.つまり瞬時の知覚内容の中に,祖先から受け継いだ遺伝的要因と経験要因との相互作用が,重ね合わさる形で現出している.(その意味では,木の年輪がよい比喩となる.)ここでいう相互作用とは,直前数秒の経験はもとより,様々な時間・空間スケール(ミクロの神経メカニズムからマクロの身体メカニズムまで),個体内と個体間を含む多様な様相が「畳み込まれ」,現在の機能や現象を形成するありさまを指す.
この「来歴」の観点を掘り下げることで,古来の人間科学・生物学の様々なアポリア(難問)に有力なヒントを得られる2 .「遺伝か経験か」という問いを皮切りに,「発達障害(ASD)の病因はなぜ一つに確定できないのか」「身体的知性をどう捉えるか」「ニッチ構築は進化にどう寄与するか」など.
またAIやロボットの知性とヒトに知性を比較する際や,身体の役割を考える際にも,この「来歴」の概念が有力な枠組みを提供する.「人工知能はヒトを超えるか」,「認知の潜在/顕在過程」, 「ロボットは自由意志を持てるか」 「フレーム問題,シンボル・グランディング問題と『意味』」「創造性」などについて,考える材料を提供したい.
結論として「創発」にどういう地位を与えるかが,上記諸問題に対するアプローチの,いわば「踏み絵」となる.
1. 意識とは何だろうか. 下條信輔.(講談社新書, 1999)
2. <こころ>はどこから来て,どこへ行くのか. 河合俊雄他. (岩波,2016; English version in prep.)
特別講演3:ロボティクスと総合知
講師
瀬名 秀明 氏
作家 主な著書:瀬名秀明ロボット学論集(2008年)
日時
10月11日(日),9:00~10:00
開催
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講演抄録
1929年,当時27歳だったイギリスの若き研究者J・D・バナールは『宇宙・肉体・悪魔』(みすず書房)という小著を出版し,やがて人類は物理的,肉体的制約を超え,機械と合体して宇宙へと進出し,社会心理学的な制約さえも超えて高度な精神集合体となるだろうと予測した.この書物はイギリスのSF作家オラフ・ステープルドンやアーサー・C・クラークに多大な影響を与え,また彼らの小説を読んで育った後のSF作家やSF愛好者らへとその思想は受け継がれ,現在に至っている.バナールはこの小著で人類を地球に縛りつける物理的な制約,身体性の限界,そして社会や宗教がもたらす呪縛の3つを「理性的精神の敵」と定義したわけだが,いま読み返せばこれら3つの「敵」こそが私たち人間の「人間らしさ」そのものであることがわかる.
ロボティクスroboticsとはアイザック・アシモフのSF連作小説『われはロボット』(ハヤカワ文庫)で初めて用いられた言葉だが,ここには狭義の「工学」だけではなく,まさに本学会の名の通り広義の「ロボット学」の意が込められており,近年ますます「学」としてのロボティクスの重要性が社会的に注目されるようになってきた.私たちは震災や新興感染症の世界的大流行など,いまも多くの困難に直面しているが,地震や津波は地球という物理環境がもたらす災害であり,また新興感染症の流行は私たちが生身の肉体を持つがゆえに生ずる.だがいずれも最終的には政策決断や個々人の社会行動が復興や災害抑制を左右するのであり,すなわち3番目の「敵」,社会という名の「悪魔」がいまも昔も私たちの「人間らしさ」の要点となっている.
こうしたなかで私たちは個々の専門性を高めつつ,互いに討議し,合意形成作業を続けることで,よりよい社会づくりを目指す必要があることを,より切実に感じることとなった.すなわち各部門の専門家が集まったとき,そのテーブルには「総合知」が生まれなければならない.小松左京を始め,多くのSF作家は総合知への憧れを描き,それぞれの時代で人々の想像力を鼓舞してきたが,情報爆発の流れによってすでに人間は,あまりに速い世界の変化に,合意形成作業が追いつかなくなりつつある.そうしたなかで人工知能などと協調し合い,「本当の人間らしさ」を追求するにはどうすればよいだろうか.そのときロボティクスは「総合知」実現の観点からどのような貢献ができるだろうか.
本講演では「未来への想像力」を希求してきたかつての研究者や作家らの足跡を辿って紹介しつつ,従来の「〝人間〟を描く」から「〝人間らしさ〟を描く」文学への発展の期待を述べるとともに,その「人間らしさ」がロボティクスの支援なくしてはあり得ないことも述べてみたい.アシモフがかつて書いたように,ロボティクスroboticsはヒューマニクスhumanics,すなわち「人間学」と表裏一体なのである.